クラヴィコード

まずは、バッハの小品などで、チェンバロやピアノとは全く違うクラヴィコード独特のタッチと響きに慣れていき、フランス組曲やインヴェンション・シンフォニア・平均律クラヴィーア曲集などからクラヴィコードで弾くと一層効果的な作品をピックアップし、ピアノで弾く際にも有効なクラヴィコードの運指や奏法に触れたのち、一通りそれらに慣れたら、大型のクラヴィコードを使って古典派のモーツァルトやハイドン・バッハの息子達の作品も学んでいきます。

クラヴィコードは、実はウィーン古典派の作曲家達が作曲するにあたりイメージの源泉にもなった重要な楽器であったからです。更に、クラヴィコードが盛んに演奏された北欧・スカンジナビア半島やイベリア半島の音楽にも触れていきます。

二台の異なったタイプのクラヴィコードでレッスンをしていきます。追い求めれば虜になる魔性を秘める楽器とつくづく感じます。

~使用楽器~

大型専有弦式:18世紀後半モデル 63鍵

クラヴィコードは14世紀に登場し19世紀の半ばまでの600年以上もの間、ヨーロッパで隆盛した非常に長い歴史を持つ鍵盤楽器です。ピアノの直接の御先祖にあたる楽器とも言えます。2本ずつペアになった弦をタンジェントというマイナスドライバーの先のような金属片が各キーに付いていて打鍵すると下から突き上げて音を出します。したがって打鍵の仕方によってかなり幅のある強弱が自在に出せます。最大の特徴は「ヴィブラート=音を揺らしたような効果」を付けられることです。

タンジェントは指がキーを押し下げている間は弦にくっついているのでこの指を上下にゆっくり揺らしてキーに圧力を加えると音程さえも上下し、「ヴィブラート」をつけることができるのです。「ヴィブラート」が付けられる鍵盤楽器はこのクラヴィコードだけです。バッハはこの楽器をことのほか好んで弟子や息子達の教育に常に用いたといわれ、その薫陶を受けた彼の息子達もまた父以上にこの楽器を偏愛し、クラヴィコード独奏曲を多数作曲しました。

音色は弦をはじいて音を出すチェンバロやヴァージナルとは全く異質の東洋的幽玄に満ちた(あくまで個人的主観ですがこの楽器には琵琶、あるいは笙などなどの邦楽器の音色の持つ妖艶さ、わびさびの美学を感じます)もので神秘的とも言える例えようもないほどの張り詰めた静謐な世界がそこにあり、詩人ゲーテもこの楽器の虜となって習いにまで行ったそうです。

大型専有弦式:1806年製スウェーデン式(リンドホルム) 5オクターブ半(低音域にバス弦付き)

この赤い大型のクラヴィコードは横204cm、幅60cm、音域も5オクターブ半という非常に広いもので、18世紀のスウェーデンでクラヴィコードメーカーとして絶大な人気を誇ったlindholm(リンドホルム)という製作家の楽器のレプリカです。

響板面積が広いため非常にロマンチックな包容力のある、深海にゆっくりと潜っていくような感慨を覚える音色です。それでいて、何とも温かさがあり何か日本の箏にも通じるような風情があります。(椅子に正座して弾いてみると本当にそんな感じがしてきます。)弾くほどに艶と芳醇な響きのの綾がまるで空中で錦を織り成すようです 。

バッハ父子からハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(さらにはブラームスまでも!)が骨の髄まで叩き込まれたクラヴィコードの奏法、そして現代ピアニストではアンドラーシュ・シフや故ピヒト・アクセンフェルトはピアノでバッハを弾く前に必ずクラヴィコードでさらったという習慣は楽器さえ手元にあればすぐにでもみなさんに実行して頂きたいものと思っています。