或る方へ宛てたメールより〜「エラールとの出会い」

昨日はお疲れさまでした。

「いろいろな音楽を知りたい」との先日のLINEのメッセを見て、さまざまな楽器をお見せする以上、それに合った曲を弾いて「音色」をお聴かせてしてこそだとも思い、フォルテピアノやエラールやプレイエルを弾きながら数日前から「○○さんにもぜひエラールの良さを知ってもらいたい」という熱意が急に沸いてきてしまい、今日のような会となりました。

チェンバロがメインの人間なのに不思議に思われるかも知れませんが、私が桐朋で得た最大の恩恵の一つはエラールのピアノに出会えたことなのです。

高校一年生の時に、ジョス・ファン・インマゼールというベルギーのフォルテピアノの名手が弾いたドビュッシーのCD(1897年製のエラールを使用)にとてつもない感銘を受けました。
まず、「こんな音のピアノがこの世にあるのか」「なぜこんな素晴らしいピアノが今は作られていないのか」そして「いつの日か必ずこれと同じようなエラールが欲しい!」と。

そして7、8年後、大学を卒業してほどない頃、ちょうどこの家に引っ越してきた際に念願叶い、たまたま国分寺の個人宅で大切に保管されていたあのエラールをお迎えしたわけです。

私の家は母が美大卒、父もずっと油絵を描いているもので私も幼いころから絵を見たり描いたりが好きでした。
音を言葉で表現するのは難しいですが、エラールの音はモネやルノワールらの印象派の色彩や時にセピア色までもそこに閉じ込めたかのように感じられましたし、19世紀末という時代が持っていた香り、華やぎ、哀愁、諦念、何より「癒し」を音ひとつの中にこれほど感じられたピアノは今までありませんでした。

昨今の世相のなかでそれは一段と感じています。

日本のチェンバロ界の大御所で恩師の一人でもある渡邊順生先生も以前、おいで下さったときにエラールを弾いて「日本の子供たちもこういうピアノを弾いていれば、コンクールでの演奏ももっと違ったものになっていただろうに」と仰っていました。

実証できるかどうかは分かりませんが今年に入ってから姪やら子供たちのピアノもこれで見ています。
これは「おばあちゃんのおばあちゃん(つまり私の曽祖母)がまだほんの幼児だったころに生まれたピアノなんだよ」と話しながら。