【動画付きコラム】
↑2月2日はLouis Marchand(ルイ・マルシャン1669〜1732)の誕生日。
晩年のルイ14世の宮廷オルガニストとして活躍したマルシャンが1717年9月、バッハとチェンバロで競演対決をした事は音楽史の有名なエピソードです。
しかしその当日、マルシャンは現れず、滞在するホテルへ迎えの馬車を走らせるとすでに早朝、マルシャンはチェックアウトしたとの事。
これはマルシャンが、16歳も歳下のバッハに負けることを恐れて逃げ出したなどという一説もありますが根拠に欠け、真相は全く謎です。
マルシャンは即興演奏とオルガンの名手として当時広く名を馳せており、「マルシャンのみが知り創りえる旋律」とも評され今更バッハに怖気付く理由もなく…
バッハ自身はマルシャンの音楽を高く評価し、後年この話が出ると不快感を露わにしたと言われています。
そんなマルシャンが、バッハとの対決に用意していたかも知れない?曲をご紹介します。
クラヴサン曲集第1巻(1702年)より。プレリュード、ジーグ、シャコンヌ、ガヴォット。
ちなみに作曲された1702年(元禄15年)12月14日には江戸で赤穂浪士討ち入り事件が起きています。
フランスバロック音楽の特徴でもありますが、とにかく尋常ではないほどの大量の装飾音の嵐、洪水が繰り広げられます。
これはこの時代の美術、装飾、手工芸が精緻の頂点を極めたこととも無縁ではないと思います。
マルシャンはトラブルメーカーとしても有名で、妻へのDVから離婚に至った事件では怒ったルイ14世が給料半額カット、もう半分を妻に支払うようにとの命令を受けるとある日、宮廷でのコンサートを半分あたりで止めてしまい、「残りは妻に演奏してもらってください!」と言って帰ってしまったとも。
王はマルシャンに国外追放を命じ、バッハとの対決はそんな彼がドイツを放浪していた時の話。
とくにジーグの装飾音に狂気とヴァイオレンスが滲み出ているように感じます。