「ゴルトベルク変奏曲のアリアについて」

右手の旋律のあまりの美しさもさることながら、このアリアの肝は左手が弾く内声(特にテノール)のニュアンスを出すこと、そして無数に出てくる前打音をいかに情趣豊かに弾くか…です。

丁度ワンフレーズが終わる8小節目の手前、7小節目の左手は穏やかな闇へ満ち足りて消えていくかのようで、終止音である左手オクターブは特別な意識が必要です。

私はこのアリアは音楽による「ピエタ」なんじゃないだろうか?と思ったりすることがあります。
(それはカトリックのもの…というのはちょっと置いといて。)
だから母親はいうまでもなくマリアであり、子はイエス。

無数に出てくる短前打音や32分音符のすばしこい動きは子供のいたいけで瞬間的な仕草を彷彿とし、16分音符や8分音符は母親の慈愛に満ちた語りかけ。時に彼女が声を震わせるような表現もちゃんとあり…

この凝縮されたアリアでは悲劇の後の彼女の魂の救済までをも描こうとしており、終盤はこれまた聖母の被昇天を思わせるかのような名状し難い余韻を残すのです。

この変奏曲全体にそうした「もう一つの物語」を感じることがあります。

そしてこの音楽には、はっきりと語りかけるような要素と、何か不明瞭で朧げな、例えるなら言語をまだ話せないほんの乳飲子が何かを囁きながら対話しているような風情を感じます。あるいは子守唄のような。だからこそ、この曲は魅力しつづけるのだと思います。
(はっきりと語りかけるのは言うまでもなく母親ですね^^)

そして後半、母親は諭すかのように、もっと厳しい言葉も発する場面も。
後半は、前半には出てこなかった溜息音型が頻出します(これはおそらく意図的)。
そして私がこの曲で最も背筋が凍りつくほど恐ろしく、同時に名状しがたいほどに心突かれる感動的な箇所があるのですがどこだと思いますか?

21、22の内声です。逡巡するような音型が2回繰り返され、2回目に3度上のシを絞り出したところで突如断絶します。

これは恐怖を伴う効果です。一瞬、右手のfisに(無理があるけど)行ったのか?と思いきや、バッハはわざわざ休符を記してここだけ4声にすることでそれを否定しているのです。
しかし休符後にひっそりと解決されますが。(しかし声を押し殺すような悲痛な解決ですね)…

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